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福岡高等裁判所 昭和30年(ラ)70号 決定

抗告人 松井忠一郎 外二名

相手方 黒川博

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件不動産引渡命令の申立を棄却する。

本件の申立及び抗告費用は総べて相手方の負担とする。

理由

一、抗告の要旨

(一)民事訴訟法第六八七条による不動産の引渡命令は、競落不動産を債務者が占有している場合にかぎり求め得るし、また債務者に対してのみ発しうるのである。

(二)ところが抗告人松井忠一郎は昭和二三年六月頃本件競落不動産(家屋)を建築所有して居住し、同二五年一〇月頃これを合名会社日高見屋に売却し、引き続き同会社からこれを期間一五年と定めて賃借し、賃貸期間中は賃借人たる抗告人松井忠一郎において賃借家屋の修繕、改造、増築、転貸をなしうること、修繕、改造、増築等による利益は同抗告人の権利となる旨特約した。賃貸借成立当時の右家屋は木造杉皮葺二階建店舗兼居宅一棟建坪一〇坪五合外二階九坪五合であつて、その従物(付加物)としては外部の建具だけで家屋内部の設備は一切存在しない状況の下に賃借したのである。従つて正当権原に基いて同家屋を占有する右抗告人は競落人たる相手方から該家屋の引渡を求められる理由がないばかりでなく、同抗告人は右特約に基いて、昭和二五年一二月頃から翌年の初にかけて同家屋の裏側に押入などを作るため、階上計七坪を建増し(この費用約一二万六千円)、同家屋に床の間がないため、昭和二九年六月頃二階に床の間を設備すると共にその箇所を改造し(この費用約五万円)、昭和二五年一一月頃から昭和二九年五、六月までの間数回にわたり本件家屋の畳建具その他の造作を買い入れて付加し(この費用約七万円)たので、同抗告人は以上の金員の償還を受けないかぎり留置権を主張して、本件家屋全部の引渡を拒絶する。

(三)抗告人西繁雄夫婦は昭和二九年一二月二日飲食店経営の目的で松井忠一郎から本件家屋階下の南端約五坪を転借して即時引渡を受けて占有居住し、また転借部分で飲食店を経営するため松井忠一郎の承諾を得て、同部分の修繕改造をなして、相当の有益費必要費を投じているので相手方から引渡を請求される理由がないばかりでなく、右転借部分の引渡は、不動産競売開始決定による差押の効力が生ずる以前になされたものであるから、競落人たる相手方に転借権をもつて対抗しうるものである。

(四)抗告人らは疎明として疎第一号(家屋賃貸借契約書)を提出した。

当裁判所は抗告人松井忠一郎を審尋した。

二、当裁判所の判断

(一)本件記録(特に記録中の登記簿謄本、鑑定人川口松司の評価書、原審における抗告人ら三名、当審における抗告人松井忠一郎各審尋の結果、疎第一号証参照)に依ると、相手方が競落した本件家屋は元抗告人松井忠一郎の所有であつて、同人は昭和二三年七月一二日その所有権保存登記をなし同家屋に居住していたのであるが、当時同家屋の構造建坪は、同抗告人主張のように、木造杉皮葺二階建店舗兼居宅一棟建坪一〇坪五合外二階九坪五合であつて、同人は右保存登記の当日債権者株式会社佐賀興業銀行に対し同家屋を抵当に供して債権極度額五万円の根抵当権設定契約をなして即日第一順位の根抵当権設定登記をなし、ついで、昭和二四年一二月二七日同会社に対し債権極度額三万円の第二順位の根抵当権設定登記を了したところ、同抗告人は昭和二五年一〇月二日同家屋を合名会社日高見屋に売り渡し、翌三日同会社に所有権移転登記をなし、同年一一月九日附の契約をもつて同抗告人と右合名会社との間に、同抗告人主張のような状況の下に主張にかかる内容の家屋賃貸借契約がなされて、引き続き同抗告人において右家屋に居住中、同抗告人は賃貸借契約の特約に基きかつ、賃貸人たる前示合名会社の承諾を得て同抗告人主張のように同家屋の階上階下を通じ約七坪を増築し、階上を改造して床の間を設け少くとも数万円の有益費(ないし必要費)を投じたこと、抗告人西繁雄、同西ツイ夫婦は右合名会社と抗告人松井忠一郎との間の転貸許容の特約に基き、昭和二九年一二月二日適法に同抗告人から右家屋階下の南側約五坪(原裁判所が引渡を命じた三坪はこの五坪中の三坪であるが、西夫婦の占有居住する部分は約五坪であつて、三坪ではない)を転借し即時引渡を受け、抗告人松井忠一郎及び右合名会社の承諾の下に同年同月頃転借部分を飲食店営業用に改造し相当の改造費用を投じたこと、しかるに一方前示合名会社は、債務者抗告人松井忠一郎と債権者株式会社佐賀相互銀行との間の取引のため、本件家屋を抵当に供し昭和二七年七月九日債権極度額一〇万円の第三順位の根抵当権を設定してその旨の登記を了し、昭和二八年四月二二日同合名会社と債権者九州証券金融株式会社との契約に基き翌二三日本件家屋につき債権極度額一五万円の第四順位の根抵当権設定登記を経、ついで同根抵当権は適法に昭和二九年四月二日有限会社肥前金融(本件家屋の競売申立人)に譲渡され翌三日その登記を了し、右有限会社において第四順位の抵当権実行として原裁判所に対し本件家屋の競売を申し立て、同裁判所は、昭和二九年一二月一一日不動産競売手続開始決定をなし、同決定は同月一五日家屋所有者兼債務者たる合名会社日高見屋に送達せられ、また、同月一三日競売申立の登記がなされたこと、そして右競売事件は所定の手続を経て昭和三〇年三月一六日相手方に本件家屋の競落を許す決定が言渡されて確定し同年四月五日競落代金全額を支払い、同家屋の所有権は相手方に移転しその後相手方が本件家屋の引渡命令を申し立てたこと、なお、前示第一及び第二順位の抵当権はその被担保債権(債権額計八万余円)とともに存在して競落代金から弁済されたことの各事実が一応認められる。

(二)以上の認定事実によると、第四順位抵当権者の申し立てた本件家屋に対する競売は、第一、第二順位の抵当権が実行されたのと同様な効力を有するので、(この意味で抗告人松井忠一郎は所論の債務者に該当する。しかし、この点は暫くおいて、以下説示のように抵当権者に対抗し得ない賃借権者及び転借権者に対し競落人は、占有家屋の引渡を求めうるのである。)第一、第二順位の抵当権設定登記後に賃借権または転借権を取得した抗告人らは該賃借権または転借権をもつて第一、第二順位の抵当権者に対抗することができない結果自然競落人たる相手方に対しても、該賃借権または転借権をもつては対抗することができないものと解するのが相当である。従つてこれに反する抗告理由は採用し難い。

(三)しかし、前認定のように抗告人松井忠一郎が本件家屋に約七坪を増築し、階上を改造して新たに床の間を附加した有益費(ないし必要費)を支出した以上、(右増築、改造による付加部分は抵当権設定行為に別段の定がないと認められるので、競落人の所有に帰したものというべきである。)同人は相手方の家屋引渡の請求に対し留置権を主張してこれを拒絶しうるのは当然である。(競売法第二条第二項第三項及び同法による不動産の競売に準用される民事訴訟法第六四九条第三項参照)けだし、家屋引渡の訴訟において被告が留置権を主張してその引渡を拒絶する場合、裁判所が該主張を正当と認めるときは留置権の被担保債権の支払と引換えに、(または被担保債権の支払を先給付とする条件付)引渡の判決をなすべきものであるとしても、本件のように民事訴訟法第六八七条の準用により競落人が競落家屋の引渡を求める場合においては、引渡命令が不動産競売手続上の執行方法としてなされる性質(それ故にこそ引渡命令に対して執行の方法に関する異議の申立を許すのである。)にかんがみ、かつまた、競売手続上競落人が留置権を引き受けるものとするいわゆる引受主義を採る前示法条の律意に照し、執行裁判所が留置権の主張を理由ありと認めるときは不動産引渡命令の申立を棄却すべきものと解すべきである。(これに反し訴訟におけると等しく引き換え引渡、または条件付引渡を命ずべきものとすれば、裁判所は自然留置債権の額を確定する必要に迫られ従つてまた鑑定の結果を殆んど不可欠とするに至るのであるが、執行手続上の裁判(決定)においてその証拠の提出は疎明をもつてなすとする裁判実務の取扱からして鑑定を命ずることは事実上殆んど不可能であることも留意されねばならない。)されば相手方の抗告人松井忠一郎に対する本件家屋引渡命令の申立は排斥を免れない。

(四)しかして、抗告人松井忠一郎がその留置権の効力として相手方に対し本件家屋の引渡を拒絶しこれを占有しうるかぎりの範囲においては、同抗告人の占有に礎定して、抗告人西繁雄夫婦もまたその転借部分を占有(直接占有)し得て引渡を拒絶しうるものと解するを相当とするのみならず、前示疎明事実によると同抗告人らは転借部分を改造した費用の幾何かを被担保債権とする留置権を有し(もつとも右改造行為は競売手続開始決定による差押の効力が生じた後にも為されているけれども、右差押は、差押後における前記合名会社の処分行為を禁止して抵当権者従つてまた競落人に対抗し得ざらしめる効力を有するに止まり、殊に本件におけるが如く既に正当に改造行為を継続している中に差押の効力が生じたからといつて、差押後の改造が不法行為となるものではなく、その費用について留置権の成立することを妨げるものではない。)、もつて、相手方の本件引渡の請求を拒否しうる関係にあることが明らかであるから、同抗告人等に対する本件引渡命令の申立もまた排斥を免れない。

(五)記録によると抗告人松井忠一郎が主張のように本件家屋に畳、建具その他の造作を付加したことが疎明され、これらが競落の結果競落人たる相手方の所有に帰したとすれば、同抗告人はこれに対し該造作代金相当額につき留置権を主張し得ると解することができるにしても、右代金額は該造作に関して生じた債権であつて本件家屋に関して生じた債権とはいい難いので、右代金の支払がないからといつて本件家屋の引渡を拒むことはできないから、この点に関する同抗告人の所論は採用の余地がない。

よつて、本件抗告を理由ありと認め、費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し主文の通り決定する。

(裁判長判事 桑原国朝 判事 二階信一 判事 秦亘)

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